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2026年になってから半年時点での振り返り ちょうど10年前、俺は36歳。子供は生まれたばかり。うちは日本で住んでいた。出向で本社に働いていた。当時は何も考えず、仕事しか考えていなかった。2015年2月、ここに来てから2年目。やっと新たな環境で1年を過ごし、やっと自分の領域を構築し、少し存在感を見せているところだった。その後、2017年3月。長期出張の6ヶ月を踏まえ、2年6ヶ月の出向を終わらせ、母国に帰国した。何か軍隊の兵役が思い出すほどの期間と辛さだった。当時から時間は経ち、ほぼ10年が過ぎた。変わったのは、子供は小学生になり、俺と妻は歳を取り、40代の中半に入ってしまった。この間には色々あった。2018年には家を買ったし、2020年には収入の車も買った。想定以上、物価と教育費はかなり上がってしまって個人信用ローンまで実行していた。住宅ローン、車ローン、信用ローン。3つの組み合わせで1ヶ月あたりに引き出す金額は想像以上で厳しく.. 더보기
世の中でただは無し。 5月はなかなかきつい。子供の日、親の日。それから妻の誕生日。会社も休暇取っている人が増え、そのリカバリをやらないといけない。消費は上がり、仕事は増えてしまう月である。過去の会社ではGWがあったので、金使うのは同じだったけど、少なくとも休暇は取れた。つまり、4月末から最小1週間、年休いくつ付けると2週でも休むことができる時期があった。5月1日、勤労者の日といい、会社も休日。やっとリフレッシュできる大切な時間。しかしながら、遊園地を予約して子供を喜ばせると決めていた。朝から運転1時間、駐車は3時間の待ち。それほど人が詰まってしまい、せっかく朝早めに足運んでも午前はほぼ消えてしまった。乗り物は基本3時間待ち、Quick passも売れ切り。もう死にそうな調子。でも、喜んでいる子供の顔見ると嬉しかった。笑って、期待に充満したあいつの表情見るとなんか元気出す。不思議。そこからまた子供の日向けのプ.. 더보기
誰かに覚えて頂くのは嬉しいこと。 この間、何回くらい前の職場からお便りの連絡があり。2025年に入社した子の1年成果発表会があり、そこの絡みで元気かみたいの連絡。そういえば、あの子も俺が面接で決めていた最後の新卒かな。2023年には巨人、2024年にはシャイニー、2025年には手紙。職制になってから毎年新人や新卒は採用してきたな。3月31日、そこには1年の締めの時期。巨人から少し酔っ払った声で連絡が入り、元気かいみたいなまたお便りの話。ちょうどそこに集まっていた連中が全員俺が面接で採用した本人たち。これも何か偶然。早速ほぼ30kmを走り、そこへ向かっていた。着いたら屋台で俺のチーム全員が待っており、急に懐かしく微妙な感情。一方で、全然予測できない、歓迎できない、俺の子たちと全く関係ない下らない何人もおったけど。向かっていた間に偶然席が混ざってしまったと巨人から言われた。その下らない連中の様子見て、俺の子たちがこの厳しい.. 더보기
3ヶ月が経ち、皆さん元気ですか。 ちょうど10年前、本社に出向行った時とかなり似ていた。開始時間までギリギリ時間を潰したこと。それほど俺の席に向かって仕事するのが怖かった。慣れていない環境、仕事、仲間などどうでも関係なく、結果を出しておかないといけない状況。帰国してからもう二度とそのような選択は無しとそう決めていたはず。しかしながら、ちょうどあれから10年以降に俺はまたその失敗を繰り返し、転職の道を選んでしまった。当然過去のパターンは流石にまた繰り返し。ただ、当時よりは俺も少しは成長し、あの時のような失敗ルートは気をつけている。とはいえ、辛いのは逆に何倍以上。職位を頂き、それほどの権限をいただいているので、肩重くプレッシャーは気づいている。この生活がやり始まったのもちょうど3ヶ月が経ち、他の道を選んでいた先輩たちに久々に付き合って頂いた。二人とも大丈夫かと心配した俺が気まずいほど全員元気そうな顔だった。それが何より良か.. 더보기
人の記憶はそれぞれだった。 4-5年程度俺と共に仕事できた後輩と20年ほど共に会社通ってきた友人。3人で久々に飲み会。趣旨は後輩の昇格と俺の転職、友人の卒業。まぁ、色々踏まえて久々に。最初は楽しく面白くかなり盛り上がっていた。流石に共有してきた時間というか宝があるから。しかし、2次会に移って話が飛ぶと若干発散の空気。もう意味無い過去の文句。人への悪口。客観的ではなく、完全本人の視線で喋り続く非生産的な話の繰り返し。本当に相手の問題か、ただ本人の妄想か。正直後者ではないだろうか。それからゴルフや投資の話。俺とは全く接点無い話。これは俺の方が単純過ぎるかも。この歳になってそれさえ分かっていない、やっていない俺の方がバカかも。これは否定できない。転職してから改めて気づいたことだけど、ほぼ20年程度ずっと会社だけ考えてきた。投資、株式、ビットコインなんて全く知らない。これは間違い無く俺の方がバカみたいな人生を歩んできた。.. 더보기
無職の気分がこれか。 最後に送別会が設けられ、久々に盛り上がり楽しく飲みすぎた。既に退職とか転職したOBの何人も来てくれてより熱く盛り上がっていた。その激しい飲み会や最後の挨拶が終わり、今週の月曜から無職の一日が始まった。起きてから行けるところ無く、やることも無し。無職ってこんなもんか。俺は来週から新たなところが決まり、無職の生活はたった一週に限っているけど、他の仲間たちはどうだろう。資産が溜まり、別に心配していない人々もきっとあるはずだけど、ほぼ心配の続きだろう。とはいえ、朝起きてやる事なく、行くところない気持ちはどうだろうか。今回は幸運のお陰でやっと新たな職場を見つけだけど、5年以降にはどうだろう。もうますます厳しくなる企業の状態は俺みたいなおっさんよりは30歳前後の青年が要るはず。今日来週月曜日に行われるオリエンテーションの日程が届いた。08:00から始まるなんて俺は05:00に起き、06:00に出な.. 더보기
もう長かった連休も終わり。 この間、かなり長かった連休を過ごしてきた。もうこのお盆休みもこの所属としては最後。11/08に付き、退職する。18年と1ヶ月を過ごし、退職。卒業の気持ちというか微妙。もうこの会社を辞めた以上、これほどの連休取れる会社は無いと思う。良い会社だった。素晴らしい仲間たちがおり、色々教えて頂き、助けていただいた。もちろん俺も誰かに助けて上げたり、役に立ったりしたはずやけど。遡ってありがたい気持ちのみ。俺は離れてしまうけど、この会社は永遠に維持して頂きたい。いつか近所に寄った時にまた昔の仲間たちと簡単に酒一杯でもやりたい。しかしながら、そうしていきたい仲間たちもほぼ辞めてしまう。各自のセカンドキャリアに向かっていく。バラバラになってしまうのだ。でも、いつかはまた会えるのだろう。誰かが言ったはず。出会いがあれば別れもあり、我々の宿命であり、純利であると。人間としてどうしても仕方ないそんなものだと。.. 더보기
卒業式の時と似ていた: 久々の同窓会 大学の同窓会があって久々に南の方、大田まで行ってきた。1年ぶりかと勘違いしたやけど、気づいたら2年ぶりだったよう。連絡取れている同窓はより多いけど、当時仲良く集まっていたのはこの程度かな。来なかったJと連絡入れていないL、K、Pほど。特にJなら団体チャットルームにも入っているのに、何も反応無かった。当然皆の文句が言われるのもおかしく無い。あいつ大学の卒業式にもそうだった。就職決まっていないから出席していなかった。思い出すと高校の時も似ていた。進学の大学が評判もしくは偏差値高く無い大学なら行き先を黙ったりしていた連中がかなり多かった。そういえば、学生時代に学点はJが最も高く、あいつが就職できないとは全く思っていなかった。特にずっと遊びばかりで学点も最低だったジェイが超中小企業から3回の転職を回って今の上場会社に働くのもあいつにとってはあり得ないかも。そんなもんかも。ある人の目線には下らな.. 더보기